ベックの「ルーザー」はやはり衝撃的でした。音楽のスタイルは出尽くしていましたし、もはやちょっとやそっとじゃ驚かないロック界において、何だこれ、と思わせたという事実だけでも大したものだと思います。しかも大ヒットしました。現在から振り返ってみると、ベックのデビュー作におけるサウンドは特に変わっているとは聞こえないと思います。しかし、それはベックの開いた道が大きな幹となって、音楽界に確固たる地位を占めたということです。何と凄い才能でしょう。ベックは1970年生まれのロサンゼルス出身。学生時代はクラスでいつもひとりぼっちだったそうで、その彼がフォークやブルースに出会い、とても勇気づけられて、「最高だ、ぼくもワンマン・バンドをやろう!って思ったよ」と、活動が開始します。アコギ一つでステージに立つのはよほど大変だったことでしょう。「あれ、いったい何なんだ」と厳しい言葉を投げつけられる中での活動です。♪僕はルーザーだ、殺してみろよ♪というサビの歌詞にそのままつながる話だなあと思います。インディーズからCDを発表するようになったベックは、1993年に運命の曲「ルーザー」をシングルで発表します。ほぼ見ず知らずのカール・スティーヴンソンと作った曲を発表することをベックは当初「恥ずかしい」と拒んでいたそうです。それがまさかの大ヒット。ここでメジャー契約を果たしたベックは、急きょメジャー・デビュー・アルバム「メロー・ゴールド」を発表します。それが本作品です。
🎦Beck - Loser (Official Music Video) - YouTube
これも米国を始め世界中でヒットし、ベックの名前は一躍脚光を浴びることになりました。ただし、この時点ではみんなが彼のことを一発屋だと思っていました。自分もそうでした。ちょうどグランジのヒーロー、カート・コバーンが自ら命を絶った時期。ベックのような脱力系ロウファイ・ミュージックは軽薄だと思われてもしょうがない。実際、ベックは「ルーザー」のヒットで、育ちつつあったオルタナ・シーンのフォロワーから厳しく糾弾されたりして、厳しい状況に陥っていたようです。巡り合わせというのは恐ろしいものです。世が世ならば楽しい音楽だと思われたでしょうに。。😔 本作はベックのデビュー作だけに、初心の魅力に満ちています。ほとんどが宅録ないしはそれに近い状態で録られており、ブルースやフォークをベースに、サンプリングを駆使して、さらにヒップホップなどとのミクスチャーなDIYサウンドが眩しいです。自由度の高いスタイルの新鮮なサウンドが、こんなむしろオーソドックスな編成から出てくることが驚きでした。しかし、考えてみれば、初期のブルースやフォークは文字通りの意味でオルタナティブそのものです。ベックはその精神の継承者です。「ルーザー」にばかり耳を奪われていましたけれども、こうしてアルバムを改めて聴いてみると、なかなか得難い自由なサウンドが息づいていて、さすがにデビュー作にはアーティストのすべてが詰まっているという言葉に嘘はないわぁ~と思いました。
参照:ロッキン・オン2016年12月号「モダン・ポップの開拓者ベック、全アルバムを語る」
Mellow Gold / Beck (1994 Geffen)