montana_sf16’s diary

気まぐれではありますが「過去記事」を少しずつ掲載していきたいと思います。※アルバム紹介について。⇒ バンド名~アルバムタイトル~(掲載年月) ←この順番になっています。何かご覧になりたいもの等ございましたら受け付けますのでどうぞよろしくお願いいたします。🙇‍♂️

ジェフ・ベック ギター殺人者の凱旋 (2018―12)

f:id:montana_sf16:20230624093554j:image💿️Blow By Blow - YouTube

ジェフ・ベックの「悲しみの恋人達」、サンタナの「哀愁のヨーロッパ」、ゲイリー・ムーアの「パリの散歩道」を称して三大ストリップ・ギター曲だと思ってました…🤔 調べてみると、発表された時期は4年くらいの開きがありましたが。誰が犯人。それとも私だけ??🤭 (((*≧艸≦)ププッ それほど「悲しみの恋人達」はインパクトがありました。イントロのサウンドからしてとんでもなく艶っぽい。そして泣きのギターが炸裂します。三大ギタリストの一人で、もっともストイックなイメージの強かったジェフ・ベックからこんなギターが聴けるとは ホント意外でした。ベックのイメージは露出の多かったこの曲で決まってしまったところがあり、後にアルバム全曲を聴いたときには、そのファンキーなギターにむしろ驚いたくらいです。考えてみれば、「悲しみの恋人達」も、あの「迷信」とともにスティーヴィー・ワンダーの曲ですから、根はファンキーなのかも?🤔 ジェフ・ベックはベック・ボガート&アピスの2枚目のアルバムが制作されていたというのに、あえなく消滅してしまいました。よほどグループ形式に懲りたのか、ジェフ・ベックはソロ作品を発表することになりました。逆に何で今までバンドにこだわっていたのかが不思議なんですが。その際、ベックの頭にあったのはジョン・マクラフリンマハヴィシュヌ・オーケストラだといいます。ギターを中心に据えたジャズ界からのロックへの越境を試みたマクラフリンのサウンドはベックの心をとらえたのでしょう。ギターでジャズ界に越境するぞという意気込みです。レコーディング・メンバーはジャズ・フィーリングが分かる人でないといけないと、第二期ジェフ・ベック・グループで活躍してくれたキーボードのマックス・ミドルトンを招聘しました。要請には快諾だったそうで、ミドルトンにしても天才ベックとの仕事は嬉しいことだと思われ。リズム・セクションにはミドルトンも参加していたという自由参加スタイルのジャム・バンド、ゴンザレスでプレイしていたドラムのリチャード・ベイリー、ベースのフィル・チェンが起用されました。ティム・ボガートやカーマイン・アピスなどの大物ではないところがミソです。プロデューサーは、マハヴィシュヌ・オーケストラの「黙示録」を手掛けていた御大ジョージ・マーティンです。ビートルズだけではなく、こうしたフュージョン作品もお手の物なんですね。さすが御大です。ジェフ・ベックも信頼して身を任せている感じがします。

f:id:montana_sf16:20210906210445j:image f:id:montana_sf16:20220624092440j:image f:id:montana_sf16:20210906210500j:image🎦Cause We've Ended as Lovers - Jeff Beck - YouTube

こうしてお膳立てが整いました。あとはボーカリストかと思いきや、あれほどこだわっていたボーカルはありません。そこが一番吹っ切れたところなのか、鮮やかなインストゥルメンタル作品ですが、みんなこれを待っていた。インストなのに全米4位ですから、大成功です。サウンドはもう🎸ギター、ギター、ギターです。ミドルトンのファンキーなキーボードが絶妙な合いの手を入れるので、余計にギターが際立ちます。リズムもいいです。重戦車ではありませんが、若々しいリズムはしっかりとギターを支えて好感度大です。これまでの苦労は何だったのかという解放感にあふれたギターが縦横無尽に駆け抜けるジャズ・ロックの金字塔でしょう。これまで、ギターで多くの人を殺めてきたギター殺人者はここに凱旋したのでした。それにしても「ギター殺人者の凱旋」て!、あーたってばヨー😆/🎸、上等じゃないっすか~♪最高にカッケー邦題だわさ👍

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Jeff Beck GRECO EG600J EG800J 1978

☝️                    買ってしまひまひたぁ~ww😝/(ミーハー丸出し←)

ブレッカー・ブラザーズ ヘヴィ・メタル・ビ・バップ(2013―10)

f:id:montana_sf16:20231126162652j:image f:id:montana_sf16:20231126162707j:image💿️Heavy Metal Be-Bop - YouTube

ふらりと録音現場に現れて、わーっと演奏して帰っていく、そんな姿にはやはりサックスやトランペットが似合います。ドラムやアンプを背負って現れるわけにはいきませんし、ギターなんかだとたいていメンバーがいますしね。70年代から80年代にかけて、ロックやポップスのアルバムでテナー・サックスやトランペットが鳴っていれば、ほぼそれはブレッカー・ブラザーズだったというくらい、二人は引っ張りだこな兄弟でした。二人そろう場合もあれば、一人だけのこともありますが、どちらかの名前をアルバムのクレジットに見ることが本当に多かったです。お兄さんがトランペットのランディー。彼は学校でクラシックのトランペットを習いましたが、大学時代にジャズに転向、そのまま学校をやめてヨーロッパを放浪した後、アメリカに帰ってプロの道に入りました。ブラス・ロックのブラッド・スウェット・アンド・ティアーズがキャリアの始めですかね。弟の変な恰好をしているマイケルは、R&Bとジョン・コルトレーンに入れ込み、1970年に家を出てニューヨークに向かい、ビリー・コブハムのバンドに入ったことからキャリアをスタートさせます。兄弟は74年の後半にブレッカー・ブラザーズを結成し、フュージョン・シーンを代表するグループとなりました。この作品は、彼らの4作目にして初のライブ・アルバムです。  ~続⤵️

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f:id:montana_sf16:20231127220650j:image🎦Brecker Brothers Live In Barcelona - Some Skunk Funk - YouTube

彼らは82年に活動を停止しますが、90年代に復活します。兄弟ですからね。ただ、マイケルは2007年に亡くなりましたので、もう再結成はありません。合掌。このアルバムでの話題は何と言っても変態ドラマー、テリー・ボジオの参加です。三人は、フランク・ザッパ先生の「ライブ・イン・ニューヨーク」で共演しており、それが縁となってテリーがこのアルバムに参加したということです。他にギターとベースを加えた5人組の演奏です。テリーさんは超絶ドラマーですから何でもできますけども、基本はロックです。一方、ブラザーズはロックもポップスもお手の物ですが、根はジャズの人たちです。というわけで理想的なフュージョンです。両方から歩み寄ってスパークする感じです。ブレッカー兄弟の演奏は多くのミュージシャンのアルバムで聴き慣れているはずですけども、こうやってまとめて聴くのは新鮮です。もう吹きまくってます。特に彼らの代表曲「サム・スカンク・ファンク」では二人とも凄いです。解説の熊谷美広さんは「豪快でキレまくったテナー・ソロはマイケル・ブレッカーがサックス・シーンの頂点に立ったことを宣言しているかのような名ソロだ」と絶賛です。「1分58秒あたりから始まるフレイズ」が凄いということなので、タイムをにらんで聴いてみました。確かに凄いです。全体を通して、ランディーのトランペットも負けておらず、さらにはテリーも叩きまくるという、スポーツのようなフュージョンの傑作であります。何かホント凄いです。

Heavy Metal Be-Bop / The Brecker Brothers (1978 Arista)

ピンク・フロイド 対 (2012―4)

f:id:montana_sf16:20230215043345j:imagef:id:montana_sf16:20230215043332j:image💿️The Division Bell - YouTube

ピンク・フロイドの「全人類に対する警鐘?」を鳴らした「全人類待望のニュー・アルバム」です。原題は「ディヴィジョン・ベル」で、英国下院で議決に際して使われる鐘の名前ですが、邦題は対立を表しているといわれるジャケットにちなんで「対」となりました。前作から7年、世間にはピンク・フロイド飢餓状態が生まれていましたから、「全人類待望のニュー・アルバム」であったことは間違いありません。長らく穴埋めをしてくれていたトリビュート・バンド、オーストラリアン・ピンク・フロイドにとっても新作は嬉しかったことでしょう。日本盤の帯の言葉を証明するがごとく、本作品は発売されるやいなや、英米で1位を獲得、日本でも7位、全世界で1200万枚を売り上げる大ヒットを記録しました。1990年代も半ばにさしかかってなお、世間はピンク・フロイドを渇望していたのでした。ただし、音楽評論家の受けは最悪でした。酷評の嵐。お金儲けのために昔の栄光を利用しているだけの形骸化した音楽だというのが通り相場でした。ロック評論家は昔のピンク・フロイドを聴いて育ってきているので、そう言いたがる気持ちも分からないではありません。しかし、そんなピンク・フロイド幻想を抱いていない人々には十二分に楽しめる作品であることは間違いありません。そうでなければさすがにここまでの大ヒットにはならないでしょう。さすがはブリティッシュピンク・フロイドです。スケールの大きな作品を仕上げました。

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f:id:montana_sf16:20230215043757j:image🎦Pink Floyd - Take It Back (Official Music Video HD) - YouTube

🎦Pink Floyd - 1994 The Division Bell Tour - Live at London's Earls Court - YouTube

もちろんロジャー・ウォーターズは不参加ですが、一応リチャード・ライトは戻ってきて無事に3人組となりました。三人一緒に即興で演奏して、その断片から曲が出来上がっていったそうです。がっしりした建築型のアーティストだと思っていたのでちょっと意外な気がしました。さて、本作品は何かと話題が豊富です。ピンク・フロイドはアルバム中の曲「孤立」で初めてグラミー賞を受賞しました。ベスト・ロック・インストゥルメンタル部門とちょっと地味ですが。また、「キープ・トーキング」ではかのスティーブン・ホーキンス博士の声が収録されています。シングル・カットされて英米で1位となった「テイク・イット・バック」はデヴィッド・ギルモアによるU2へのオマージュとなっています。U2のジ・エッジはギルモアを崇拝しており、彼のオマージュへの答礼となっているとのこと。ジ・エッジのギター・スタイルに影響していたとは。ライトも曲を書いたり、ボーカルをとったりと、これまでの憂さを晴らす活躍をしています。また、多くの楽曲で作詞者の一人となっているポリー・サムソンは、ギルモアの心のよりどころとして本作品をまとめあげる大役をになっています。二人はやがて結婚します。いい話です。アルバムは全体に宇宙を感じさせる奥行きと広がりをもった、ゆったりとしたサウンド作りがなされています。ドローン・サウンドピンク・フロイドの特徴であったことを再認識します。これこそがピンク・フロイド、全人類が待望していたサウンドです。ただし、もちろん時は1994年です。ピンク・フロイドサウンドも60年代、70年代、80年代、90年代とそれぞれの時代の録音技術によって肌触りが異なります。ここでは90年代らしく硬質なサウンドになっており、このサウンドもなかなか捨てがたいと思います。

The Division Bell / Pink Floyd (1994 EMI)

レッド・ツェッペリン 聖なる館 (2014-3)

f:id:montana_sf16:20220123173150j:image f:id:montana_sf16:20230820065233j:image💿️Houses of the Holy (Deluxe Edition) - YouTube

ツェッペリンの5作目は前作同様ジャケットには一切文字がありません。しかし、レコードを入れる内袋にはツェッペリン史上初めて全曲の歌詞が印刷されており、さらにアルバムにつけられたタイトルが書かれています。タイトルがついたのも初めてのことでした。前作から1年半の間をあけて満を持して発表されたことからわかる通り、ツェッペリン横綱らしくじっくり制作に取り組みました。広瀬和生さんのライナーによれば、彼らは「アルバムが出来上がってから初めて発売日を考えてくれ」という態度に出ていたということです。結果はこれまた全米1位となり、39週間も40位以内に留まるヒットとなりました。そして、確かこの作品の辺りから、ツェッペリンの本当の凄さがわかってきました。それは新作が発表されると旧譜もトップ100位に顔を出すという恐ろしい売れ方をしていたことを懐かしく思い出します。そんなバンドは他にはなかったと思います。つまり後追い世代である自分らどころかリアルタイムで聴き始めた世代でさえ、前作を聴きたくなると言う、まさに横綱です。ジャケットは発売前に色合いが気に入らないとかトラブルがあったそうですが、ヒプノシスの素晴らしいデザインで実に神秘的です。夕焼けのようなオレンジ色ですが、内ジャケは早朝か薄暮の空の下で男が少女を生贄に捧げています。そいえば、ジミー・ペイジさんはオカルトにハマっていたと言われていました。

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この作品は、初めてタイトルがついたことからも分かる通り、少しポップになりました。冒頭の「永遠の詩」はドライブするギター・リフに導かれたハード・ロックな曲ですけど、これまでに比べるとどこかポップな風情があります。続けて演奏される「レイン・ソング」はアコースティックなタッチで始まり、少し「天国への階段」を想起させます。ロバート・プラントさんのねっとりとした歌い方が大変色気があって良いです。しかし、これもトラッドに近いものの、ポップな展開です。ポップと言えばB面の方が凄いです。何と言っても日本ではシングル・カットされた「デイジャ・メイク・ハー」、これはレゲエ調で、タイトルは「ジャマイカ」と発音できるそうで、そう読めばよかったのですが、先の邦題だとハード・ロックを連想しますよネ。こんなにポップな曲が入っているにも関わらず、特にツェッペリンらしくないとの評はなかったように記憶しています。どちらかと言えば、3作目のトラッド的展開よりもこちらの方が意外な感じがするのですが、横綱には文句は言えないということでしょうか。それともそんなふーに感じてるのは自分だけでしょうか?🤔

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アルバム中の白眉とも言うべき「ノー・クウォーター」は、アレンジに凝った楽曲で、ポップという感じではありません。しかし、この曲ですら、これまでの作品に比べると心なしか明るいですし、リスナーをより意識している感じがします。全体に明るさとポップさを取り入れた身近な感じのアルバムです。横綱巡業ならぬ怒涛のライブ中心の音楽生活がこのような作品を必要としたんでしょうネ。ところでアルバム・タイトルとなった曲「聖なる館」は録音されましたが、ここには収録されず、次のアルバムに収められています。さすが横綱、誰も文句は言いません ハイ😔💦、我が道を行くのみです。

Houses of the Holy / Led Zeppelin (1973 Atlantic)

※参考⤵️

音楽の記録: 聖なる館 ~ジャケット~

f:id:montana_sf16:20220123182634j:imageレッド・ツェッペリン『聖なる館』:知られざる10の事実 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

高中正義 虹伝説 (2014-7)

f:id:montana_sf16:20220328024937j:image💿️虹伝説~THE RAINBOW GOBLINS~ - YouTube

🎦 Rainbow Goblins Story by Masayoshi Takanaka 【虹伝説 / 高中正義】 - YouTube

虹はなぜ地面に足がついていないのか、その理由を知るにはウル・デ・リコ作の絵本「虹伝説」を読む必要があります。レインボウ・ゴブリンに食べられそうになって以来、用心してそうするようになったというのが正解です。ジャケットに描かれた通り、「鮮やかな幻覚の世界」にも見えるウル・デ・リコさんの絵で語られる物語は、大人も惹きつける絵本として根強い人気を誇っています。「虹」は身近にある神秘ナンバー1ですからね。その「虹伝説」の1ページ1ページに高中さんが曲をつけていったのがこの作品です。彼のアルバムとしては7枚目になりますが、この2枚組超大作は紛れもなく彼の代表作と言えます。人気もあり、発表された当時、友達がハマッってしまって、毎日のよ‐に聴かされてました。当時、日経新聞の「こころの玉手箱」で高中さんが明かしているところによれば、1979年に「レコーディングと仕事に追われ、嫌気がさしていた」高中さんは、唐突に思い立って、仕事も放り投げて「誰にも知らせずに」グアムに飛びました。しかも1週間というところが大人なんですけども、とにかく蒸発ってヤツです。その時、グアム島の友人に勧められたのがこの「虹伝説」の絵本だったそうです。そして、自身が大好きだったプログレッシブ・ロックのコンセプト・アルバム群に触発されて、このアルバムが誕生しました。「絵本の1ページごとに曲をつけていったら、イエスのようなアルバムができるぞ」と思ったと語ってます。狙いは見事に成功して、ギタリストのインストゥルメンタル作品であるにもかかわらず大ヒットしました。人間、根を詰めるだけではいかん、という見事な教訓話ですね。とりわけ、創作活動に携わるアーティストには遊びが必要です。レコード会社としても1週間の迷惑と引き換えに多大な利益を得たわけですが、担当者としては度量を問われる局面だったことでしょう。ともかく、この作品は発表後30年以上を経てもなお人気の高いアルバムです。アルバム中の「サンダー・ストーム」はプロレスラー 天龍源一郎選手の入場曲でもあります。さらに、続編も登場してますから、高中さんにとっても格別な作品であることには間違いありません。虹伝説ライブでは、髪を七色に染めて金の衣装に身を包んだ高中さんがステージ中央でギターを弾きまくります。恍惚の表情で奏でられるギター・サウンドフュージョンと呼ばれるサウンドの典型です。といいますか、世のフュージョン・ギター観はこのアルバムによって決定づけられたところがなきにしも非ずです。少なくとも自分にはそう思えました。典型的なロック耳の自分に無理やり聴かせてくれた友達に感謝すべきなんでしょうネ。~続⤵️

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f:id:montana_sf16:20220328042825j:image🎦虹伝説 Masayoshi Takanaka Rainbow Goblins 02 Once Upo - YouTube

実は友達にはあえて言わなかったんですが、その昔。って言うか、それこそロックに目覚めた中学生時代から高中正義さんは知っていました。チト自慢話みたいな感じになりますが、実はその当時、交流のあった今は亡き(🎸成毛滋)師匠のバンド(※フライドエッグ)では高中さんはベース担当でした、🥁ドラムが つのだ☆ひろさん、それとサイド🎸&ヴォーカルが柳ジョージさんでした。柳ジョージさんといえば、お酒が好きらしく演奏中にはよくアンプの上にワンカップの日本酒がずらりと並んで置いてありましたww。ユルい時代だったんでしょ~ネ。ま、そんな感じでど‐しても友達に言えなかった理由ってのが大ファンである高中正義さん=ベース🎸担当だった。と言う事実なんですけどね。つまり社会人になってようやくデビューした友達に余計なコトを言ってわざわざ平和を壊したくなかったんでしょ~ネ。。少なくとも自分の中では高中さんはベース🎸の人ってイメージしかなかったもので…🤔 そんな高中さんが、まさかギタリスト🎸として活動してるなんて…👀‼️ しかも当時、とにかく女の子に人気があったこともよく覚えてます。つまり「あっ、高中だ。私、好き💕」と言っていた女の子が多かったんです。要するにこれは敵です。流麗なギターソロを聴きながら、これは敵性音楽だ、そいう点では友達と意見が一致してました。 平和ですww🤭

The Rainbow Goblins / Takanaka Masayoshi (1981 Kitty)

BLOG – 高中正義オフィシャル・ウェブサイト

マライア・キャリー ザ・ワンズ (2018-7)

f:id:montana_sf16:20230327065118j:image💿️🤍 #1s Mariah Carey - YouTube

🎦Mariah Carey #1's - YouTube

全米首位獲得週最多記録保持者のマライア・キャリーによる初のシングル・コレクションです。発表は1998年、マライアがデビューしてすぐに世界を席巻してから10年弱、1990年代のヒット曲を網羅した作品ですが、「グレイテスト・ヒッツではありません」マライアはこの時点では「そんなに長いキャリアではないし、まだ私には早すぎる」と言ってます。この作品は「これはファンの皆さんに、私のシングルをチャートのNO.1にしてくれてありがとう!という意味を込めたものです」。なるほど、素敵な言葉です。彼女はこの時点で13曲の全米1位曲を抱えていました。本作品はそのうち12曲を収録し、ボーナス曲を7曲加えたアルバムで、題して「#1’s」、邦題は「ザ・ワンズ」です。誰も文句のつけようがありません。わずか10年足らずでこの成績はマジ凄いです。ボーナス曲は3種類あります。まずはオリジナル米国盤に登場する4曲、インターナショナル盤に収録されたカバー曲2曲、そして日本盤だけに収録された「恋人たちのクリスマス」です。日本盤は3種類ともに収録されていますからお得です。日本だけのボーナス「恋人たちのクリスマス」はこの時点では全米1位ではありませんでしたが、クリスマスの定番曲として毎年のようにチャート入りし、リリースから25年後の2019年暮れに全米1位となり、さらに翌年12月にもチャートを制しました。

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稀代の名曲は日本では発表直後からTVドラマ「29歳のクリスマス」の主題歌となり、中山美穂がカバーした「HERO」とともに日本におけるマライアの代表曲となっていました。結局、全世界で1600万枚と次元の違うマライアのチョー特大ヒットになっています。ボートラで目をひくのはマライアの恩人ブレンダ・K・スターのヒット曲「アイ・スティル・ビリーヴ」のカバーです。この曲の存在で、マライアの本作品に込めた思いがいっそう伝わります。それなのにほどなくしてレコード会社は勝手にベスト盤を出してしまいます。酷いですよネ 😥 本作品では4曲目から15曲目までに全米1位曲が新しいものから順番に並んでいます。渾身のバラード「マイ・オール」から、デビュー作「ヴィジョン・オブ・ラヴ」まで、16曲目はボートラの「アイ・スティル・ビリーヴ」で、デビュー前にまで遡ります。マライアの歩んできた道を一緒に振り返っていける構成が素敵です。多彩なプロデューサー陣と冒険しながらも、王道のバラードも忘れない。ほどよい弾けぶりがいいです。これだけ歌が上手いと何をやってもちゃんと様になるということです。個人的にはマライアといえば「ドリームラヴァー」ですかネー。シンプルなリズムに乗せたドリーミーな感じがいいです。正直、それまでマライアに興味なかったので、この曲で一気に "良さげレベル" UP してしまいました。草原で踊るMVも素晴らしく、8週連続1位も当然でしょう。この作品は世界で1800万枚を売り上げる大ヒットぶりで、日本での売上も300万枚を越えてます。なんでも日本で最も売れた洋楽アルバムだそうです。マライアの場合、こうした人気がこの後も末永く続いてゆくところが凄いです。まさに文句ナシ!稀代の歌姫です。

🎦Mariah Carey - Dreamlover (Official 4K Video) - YouTube

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#1's / Mariah Carey (1998 Columbia)

シュープリームス シュー プリームス・ア・ゴー・ゴー(2016―02)


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 f:id:montana_sf16:20221118204311j:image f:id:montana_sf16:20240326100203j:image💿️More Hits By The Supremes Full Album (1965)Expanded - YouTube

シュープリームスが初めて全米アルバム・チャートを制した作品です。ガールズ・グループ初の快挙というおまけまでついています。モータウンからの多くのガールズ・グループの中でも最強と言われる彼女たちならではです。しかし、皮肉なことですが、あまりグループ臭がしません。この頃になるとダイアナ・ロスと仲間たちのような感じになってきていて、このアルバム発表の翌年にはダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスと改名することになります。なお、現在では日本語のクレジットはすでにダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスとなっています。日本でも圧倒的にダイアナ・ロスの人気が高いので、彼女の出発点となったグループとしてのなじみが深いのでしょう。ま、言わばダイアナ前史。この作品は英国でも15位のヒットを記録しています。ダイアナ・ロスは白人層にも受け入れやすい歌手なんです。その点で、彼女の友だちマイケル・ジャクソンと似ています。つまり、黒すぎない。マイケルもキング・オブ・ポップ、決してキング・オブ・ソウルとは呼ばれません。一曲だけ、ジェニファー・ハドソン、じゃなくてメアリー・ウィルソンが歌っている曲があります。ダイアナ・ロスに比べるとより黒っぽいボーカルです。マーサ&ザ・ヴァンデラスの曲で、本人の希望のようですが、残念ながら、何とも中途半端な出来栄えです。これはモータウンの社長ベリー・ゴーディーのいじめではないかとも勘繰りたくなります。

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そのベリー・ゴーディーのテーマ曲「マネー」のカバーが収録されているところがまたご愛嬌です。この人はモータウンの憎まれ役です。ダイアナ・ロスのボーカルはデビュー当時とは比較にならないくらい堂々として力強いです。自信に満ち溢れていて、まさに本領発揮です。その分、後の二人が完全に脇に追いやられており、それがグループ感を薄くしている理由です。アルバムの中には、フィル・コリンズがおっさんダンスでカバーした「恋はあせらず」が際立っています。当然のことに全米1位を記録したシングルで、彼女たちの代表曲の一つになっています。いかにもホランド・ドジャー・ホランド作品です。しかし、シングル曲はこの曲と「恋は切なく」の2曲のみで、残りはすべてカバー曲です。同じホランド・ドジャー・ホランドとの組み合わせで成功したフォー・トップスの曲が3曲、アイズレー・ブラザーズが2曲、テンプテーションズが1曲などとなっています。どれもヒット曲ばかりで、当時のモータウンのアルバムらしいです。要するにアルバムの埋め草はヒット曲のカバーにする。まだまだシングル中心のレコード市場でしたからやむを得ないのですけど、おかげでこうして名曲カバーを堪能できるのですからよしとしましょう。ガールズ・グループはいずれ解散する運命にあるのでしょう。目立つリードがいないと売れないし、売れるとリードが目立ちすぎる。どんどん、その因業な道に進んでいくシュープリームスの姿がよく表れている作品です。

The Supremes A' Go-Go / The Supremes (1966 Motown)

井上堯之バンド 傷だらけの天使 (2015―8)

f:id:montana_sf16:20230314144154j:image f:id:montana_sf16:20230314152351j:image💿️井上堯之バンド「傷だらけの天使」(1975年)メインテーマ~天使の情景M-2 - YouTube

水谷豊さんと言えば、今や「相棒」の杉下右京ですし、さらにも少し前の世代には「熱中時代」、さらにはキャンディーズ伊藤蘭さんの夫なのでしょうが、自分たちの世代にとっては、永遠に「傷だらけの天使」のアキラです。それほどこのアキラはハマり役でした。このドラマ自体がとても斬新なものでしたし、ショーケンと水谷豊のコンビはそれまでにない主人公でした。テレビ・ドラマの概念を変えたといってもいい名作だったと思います。監督には恩地日出夫深作欣二、神代辰己などがリレーしたそうですし、後に大御所となる皆さんの新進気鋭時代の挑戦だったんでしょう。今にして思えばとても豪華な布陣でした。スチール撮影は加納典明だったそうですし。最も印象に残っているのは、やはり主題曲が流れるオープニングの場面です。ショーケンが起きてきてご飯を食べるシーンなのですが、牛乳を飲みながらコンビーフを食らう。牛乳瓶のふたの開け方とコンビーフを半分缶のままかぶりつく姿は驚きでした。そのシーンの背後にこのテーマ曲が流れるわけです。ギターに導かれて、サックスがリードをとるそのキャッチーな楽曲は素晴らしい。今でもしばしばテレビから流れてきますし、ドラマの主題曲集を作ろうとすると必ず入ってくる名曲です。作曲と編曲は大野克夫、演奏は大野もメンバーの井上堯之バンドです。

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f:id:montana_sf16:20230314152501j:image f:id:montana_sf16:20230314152523j:image f:id:montana_sf16:20230314152541j:image f:id:montana_sf16:20230314152558j:image 
f:id:montana_sf16:20230503144920j:image🎦傷だらけの天使オープニング・マル秘編集編960x720 - YouTube

🎦さようなら傷だらけの天使たち - YouTube

このバンドは、グループサウンズの中心バンドだったスパイダース、タイガース、テンプターズのメンバーによって結成されたスーパーグループPYGの解散後にメンバーによって結成されました。PYGには沢田研二萩原健一という二大人気ボーカリストがいましたが、このバンドは二人が去った後の姿です。しかし、仲が悪くてというわけではなく、井上堯之バンド沢田研二のバックバンドや、ショーケンの出演ドラマのサントラを中心に活動していました。「傷だらけの天使」はまさにショーケン主演です。さらに「太陽にほえろ」のテーマも井上堯之バンドですが、そちらにもショーケン松田優作の前任刑事役で出ていました。このあたりのメンバーのつながりがいいです。彼らはバンドなんです。当時の歌謡界にはバンドという概念はほぼありませんでしたから、その中でこういう姿勢を貫くのは並大抵のことではなかったと思います。それゆえに生まれた快作だったのかもしれません。バンドとしての一体感が高い演奏だと思います。問題のサックスは村岡健という方で、加山雄三の「君といつまでも」の間奏も担当された方で、「ルパン三世」や「太陽にほえろ」も担当、後に阿川泰子バンドのリーダーもされています。バンドのメンバーではありませんが、それでも立派なバンドのりになっています。このバンドのメンバーはギターの井上堯之、キーボードの大野克夫、ドラムの原田裕臣、ベースの岸部一徳の四人。今や本格的に俳優になった岸部一徳以外は音楽の世界で大いに活躍されています。まさに日本のロックの歴史を体現した人たちだと言えるでしょう。

Kizudarake No Tenshi / Inoue Takayuki Band (1974 ポリドール)

PYG (2013―9)

f:id:montana_sf16:20230625171638j:image💿️Pyg: Pyg! Original First Album [FULL ALBUM] - YouTube

グループサウンズ、略してGSは60年代後半の日本芸能界を席巻しました。当時小学校低学年だった自分ですら歌謡界に一大革命をもたらした彼らに憧れていました。しかし、山高ければ谷深しというわけで、全盛期はわずかに数年のことだったようです。一時のブームが嘘のように瞬く間に栄光から転落してしまい、その姿は子どもの眼にも随分残酷に映ったものです。子どもなればこそかもしれませんが。PYGはGSを代表する横綱格のグループであるタイガース、テンプターズ、スパイダースのメンバーからなるスーパーグループでした。地味なメンバーばかりではなく、ジュリーこと沢田研二さんとショーケンこと萩原健一さんというGS界の押しも押されもせぬ二大看板が加わっていましたから、本当の意味でのスーパーグループでした。小学校も高学年になって斜に構える姿勢も身につけた自分にとっては、興味をもちながらも、正直みっともないなあとしか思えない出来事でした。というわけで、当時はほとんどまともに聴いたことがありませんでした。しかし、人生も晩年に差し掛かった目で振り返ってみますと、なかなか味わいのある作品だということが分かります。メンバーは洋楽の世界で当時台頭してきていたニュー・ロックを目指していたといいます。念頭にあったのはクリームあたりでしょうかネ~…🤔。それまで歌謡界をフィールドとして活躍していた彼らですから、よりディープな世界に踏み込むことで、自らを規定する軛から逃れようとしたということではないかと思います。~続⤵️

f:id:montana_sf16:20230625182553j:image f:id:montana_sf16:20230625182611j:image f:id:montana_sf16:20230625182630j:image f:id:montana_sf16:20230625182647j:image 
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しかし、ジュリーとショーケンを入れたことから話はややこしくなります。アイドル的な人気を誇った二人でしたから、新世界への旅立ちを納得するファンばかりではありませんし、さらには細々とではあってもしっかり日本にもあったディープなロックの皆さんが彼らをすんなり受け入れるはずもない。さらにはジュリーを売り出したいプロダクションの思惑も絡むというややこしいややこしい背景があって、このアルバムが成立しています。したがって、本格的なロックではありますが、何やら苦悩がひしひしと伝わる内容になっています。つまり、”政治”が渦巻いていたようです。PYGのメンバーは、それぞれがのちに大活躍します。とりわけ、井上堯之さんと大野克夫さんは作曲家やプロデューサーとして日本の音楽界に確固たる地位を築きます。歌謡界を制覇したジュリーや役者として大成功するショーケン岸部一徳さんについては言うまでもありません。大きなGSの流れがここに収斂して、さらにここから太い流れとなって出ていく。ちょうど砂時計の中心部のような位置にあるバンドであり、アルバムであると言えます。これがあるからこそ後の成功がある。そういう位置にあります。サウンドはGSとニュー・ロックと歌謡曲の狭間に咲いたあだ花のごとき風情です。必ずしも何度も聴きたいと思うものではないのですが、さらには賛否両論吹き荒れるも歴史的には重要な作品であることは間違いありません。

Original First Album / PYG (1971 日本グラモフォン) 

ディープ・パープル マシン・ヘッド (2014―5)

f:id:montana_sf16:20210823183632j:image💿️Machine Head - YouTube

ディープ・パープルの作品の中で、定番中の定番と言えば、このアルバムでしょう。前作に引き続いて、英国で1位となったほか、アメリカでも7位と大ヒット、ここ日本でも6位と洋楽としては異例のヒットです。前作の反省があったのでしょう、今回は全編これパープル節と言えるタイトでソリッドなハード・ロックサウンドが展開します。ハード・ロックは様式美の世界と言われますが、それはこのアルバムの頃からではないでしょうか。つまるところ様式の原点がここにあります。冒頭に置かれた「ハイウェイ・スター」、そして彼らの永遠の代表曲「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を始め、全曲、捨て曲なしです。とにかく、ロック少年の憧れの的だったディープ・パープルはこのアルバムの彼らです。異論はありません…😔

f:id:montana_sf16:20210823191331j:image f:id:montana_sf16:20240325154025j:image🎦Deep Purple - Highway Star 1972 Video HQ - YouTube

🎦ディープ・パープル - スモーク・オン・ザ・ウォーター(LIVE 1974) - YouTube

節税のためもあって、制作のためにスイスに渡った彼らでしたが、使うはずだったステージが炎上してしまい、計画は変更せざるを得ませんでした。その時、ステージにいたのがフランク・ザッパ先生で、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」はその時のことを歌った曲です。この曲のイントロはあのレイラと並んでロック史上最も有名でしょう。🎸ギターを手にしたことがあるロック好きの人ならば、必ず一度はコピーしたことがあるはずです。意表をついたシンプルなリフですが、当時これを多感な少年期に聞き、さらにはレコード針を何度もおろしては耳コピに励んだ自分ならずとも、同様の経験をした多くの🎸ギター小僧たちにとっては永遠に忘れられないことでしょう。「様式美」とはよく言ったもので、ディープ・パープルの楽曲は構造がきっちりしていて、多くの人がコピーしてみようと思わせるサウンドになっています。当時は確か?、📘シンコーミュージックからバンドスコアも出版されていたと思います。ま、要するに「様式」がしっかりしているので、ヘタクソでも何となくサマになるんですよネ。www🤭 (((*≧艸≦)ププッ 

f:id:montana_sf16:20210823191435j:image f:id:montana_sf16:20220609121358j:image  f:id:montana_sf16:20210823191448j:image f:id:montana_sf16:20220609121426j:image

当時、ツアーに明け暮れていた彼らですが、イアン・ギランとリッチー・ブラックモアという二大フロントマンがそれぞれ肝炎で休むという事態が起こります。普通はツアーを即キャンセルするところですが、ロジャー・グローヴァーがボーカルをとってみたり、リッチーの代わりに本来キーボード奏者のアル・クーパーを入れようとしてみたりしています。中心メンバーですら、入れ替え可能だと考えている凄いバンドです。そんなことが可能なのも「様式」が中心にシッカリ居座っているバンドということです。ですがもちろん、ここでいう様式とは、彼らが作り出したものですから、オリジナリティーそのものです。この頃のパープルでは、リッチーとギランの関係が思わしくなく、リッチーは、シン・リジーのフィル・ライノットとセッションを行うなどしています。この組み合わせは意外な気がします。もっとヘビメタ声が好きなのか?🤔と、思っていましたから。それと ここまで語っておきながらではございますが、実は個人的にはこのアルバムはしっくりこないです。おそらくそれはライブを先に聴いてしまったせいだと思います。楽曲は良い曲ばかりですし、演奏も素晴らしい。捨て曲もなし。幾度となく見舞われた「ジャケ買い」による失敗を思えば何の問題もないどころか、大満足のはずなの……デスガ🙄 しかし、ライブの方が断然良いんですよね。スタジオ盤はどうにも元気がない気がしてしまいます。うまく言えないけど、演歌歌手のレコードみたいです。歌いこまれていった後のライブの方がずっといい。先に揚げたレインボー公演記事しかり、やはり自分にとってのパープルはライブ・バンドなんです。

Machine Head / Deep Purple (1972 Purple)

エルトン・ジョン 僕の歌は君の歌 (2011―2)

f:id:montana_sf16:20230325082049j:image f:id:montana_sf16:20230325081520j:image💿️Elton John - YouTube

エルトン・ジョンといえばい1970年代の大スターです。ジョン・レノンがエルトンを「俺たちの出現以来、最も新鮮な出来事」と呼んでいますが、エルトンはポップス系では、ビートルズを継ぐ英国一の大スターでした。とにかく勢いが凄まじかった。しかし、ギンギラギンの衣装に身を包んだスーパースターではありながら、どこまでも身近な印象を与える人で、どちらかと言うとお笑いタレントの立ち位置に近いような気がします。イギリスの大衆紙では「チンプ(=チンパンジー)」などと呼ばれていました。そんな姿が真っ先に浮かぶ自分にとって、デビュー当時のシリアスでストイックなエルトンはむしろ新鮮です。これはエルトン・ジョンがブレイクするきっかけとなったセカンド・アルバムですが、ジャケット通り、どちらかといえばモノクロームな印象を受けます。超名曲「僕の歌は君の歌」を擁したアルバムなので邦題はそちらを使っていますが、原題はシンプルに「エルトン・ジョン」です。エルトン自身及びエルトンに大きな才能を見出したガス・ダッジョン始め、周囲の人々の自信も示すアルバム・タイトルです。それにしても皆が絶賛する「僕の歌は君の歌」は本当に名曲だと思います。もちろん英米でベスト10入りしてますが、それほど派手なチャート・アクションではありません。じわじわと染みこんでくる名曲なんです。この曲は実に息が長いです。エルトン・ジョンの曲の中で生涯最高傑作だと言ったとしても鼻であしらう人は居ないでしょう。もしもエルトンがこの曲だけの一発屋で終わったとしてもいまだに聴かれ続けていたことでしょう。

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 f:id:montana_sf16:20230325081817j:image f:id:montana_sf16:20230325081829j:image f:id:montana_sf16:20230325081843j:image🎦Elton John - Your Song (Top Of The Pops 1971) - YouTube

🎦映画『ロケットマン』「ユア・ソング(僕の歌は君の歌)」本編映像 - YouTube

このアルバムでは、デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」を制作したプロデューサーのガス・ダッジョンとストリングス・アレンジメントのポール・バックマスターのチームが制作に携わりました。デヴィッド・ボウイも後にかなり派手な活躍をする人ですが、「スペース・オディティ」はちょうどエルトン・ジョンのこのアルバムのような音の感触です。ダッジョンとバックマスターのコンビの活躍は、ロックがそのフロンティアをどんどん広げていった時代の勢いを感じます。もともとダッジョンの起用は、デビュー作のプロデューサーだったスティーヴ・ブラウンが「僕の歌は君の歌」を聴いた瞬間に、とても重要な曲になると直感し、自分よりもより経験豊富なプロデューサーを起用すべきと感じたことに端を発します。おはちの回ってきたダッジョンは、無名なエルトンに難色を示しますが、ここでも「僕の歌は君の歌」を聴いて気持ちが変わったそうです。恐るべき曲です。レコード会社の人々も彼の驚くべき才能を認めていきますから、曲の力は大きいです。。あっ、すみません🙏💦、「僕の歌は君の歌」の話ばかりになってしまいましたが、他の曲も埋め草ではなくて、しっかりした曲ばかりです。エルトン・ジョンと作詞のバーニー・トーピンのチームの快進撃が始まりますが、そういう言い方には馴染まないしっとりとした名作です。

Elton John / Elton John (1970)

ピンク・フロイド 狂気 (2012-3)

f:id:montana_sf16:20240301014845j:image f:id:montana_sf16:20230324003529j:image💿️The Dark Side of the Moon - YouTube

もう何も言う事がありません。ピンク・フロイドのみならず、全ロック史を代表する超名盤です。何しろよく売れました。全世界で5000万枚売れたと言われています。買った人が年に一度聴いたとすると、一日に14万回近く演奏されている計算になります。どの瞬間をとってみても世界のどこかで「狂気」が鳴っている。狂気のなりやむ時なし。売り上げだけならばマイケルの「スリラー」など、いくつか「狂気」を上回る作品はありますが、この作品の凄いところはその持久力です。アメリカのビルボードでは741週間、実に15年以上にわたってチャート・インするというロング・セラーのギネス記録を打ち立てています。LPからCDへの移行時にはドイツに狂気専用のCD工場が建てられたと聞いています。発売当時は英国でこそ1位を逃したものの、フランスやベルギーなど世界各国で1位を獲得しました。

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ここ日本でも「アグネス・チャンを蹴落として1位になった」のだと思っていましたが、本当は天地真理には勝てずに2位止まりだった由。このあたり面白おかしく語られるので真相はよく分かりません。ストリップ劇場でもよくかかったそうです。突然の大ヒットです。前作までアメリカでは目立ったヒットはなかったのに突然巨大なヒットになりました。メンバーもさぞかし面喰ったことでしょう。アルバムは最初から最後まで全10曲に分かれていますが、切れ目なく繋がっています。心臓の鼓動に始まって鼓動に終わるなど、アルバム全体で一つの作品になっています。「おせっかい」や「原子心母」のような大作+小品ではありません。そもそもスタジオ入りする半年くらい前からツアーで演奏されて、次第に形が整えられ、スタジオ入りして8か月。長い時間をかけて完成した練りに練った作品です。しつこいくらいの完成度の追求です。「狂気」とはそのことかもしれません。サウンドは、いつものフロイドで、半端ない構成力で聴かせます。それぞれの個性とか演奏技術に依拠しない集団幻想的なほわほわした雰囲気が素晴らしい。ゆったりとしていて、音数が多いようで少ない。面白いです。

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プログレッシブ・ロックの金字塔として、彼らのサウンドがジャンルの定義にもなっていますから、そこで判断を停止してしまいそうです。しかし、このアルバムの全体像は、普通の意味でのロックからは程遠い気がします。ピンク・フロイドは名前をブルースのミュージシャンからとっていますが、もはやブルース臭は全然しませんし、ストーンズのようなグルーブをロックの特徴とするならば、彼らはロックとは言えそうにありません。むしろ、評論家の中山康樹さんがおっしゃる通り、この当時勃興していた西海岸のシンガー・ソング・ライター勢の感性や発想とそれほど変わるものではないと思います。中山さんは、最終的に全く別種の音楽になっているとおっしゃっていますが、出来上がりもそんなに違っていないのではないかと思います。そう考えれば、アメリカで突然売れたことも合点がいきます。評論家の小野島大さんによれば「内なる狂気を暴くシリアスな表現者集団」であるピンク・フロイドから、英国雑誌曰く「ロジャー・ウォーターズの鬱陶しい馬面」を象徴するような作品が生まれ、それが大いに売れたわけで、ロック・ファンにとっては大いに考えさせられます。しかし、ここは四の五の言わずに迷いのない純粋な評価を下したストリップ小屋の親父の感性を見習うべき… カモ?🤔

The Dark Side Of The Moon / Pink Floyd (1973 Harvest)

Pink Floyd(ピンク・フロイド)|不滅の名盤『狂気(The Dark Side Of The Moon)』50周年記念デラックス・ボックス&全曲演奏ライヴ盤『Live At Wembley Empire Pool, London, 1974』 - TOWER RECORDS ONLINE

キング・クリムゾン 太陽と戦慄 (2015-11)

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f:id:montana_sf16:20210811181810j:image💿️Larks' Tongues In Aspic | Full Album - YouTube

「太陽と戦慄」は新生キング・クリムゾンの第一作目です。キング・クリムゾンは何度も何度も生まれ変わりますから、珍しくもありません。しかし、前作まで残った創業者の一人ピート・シンフィールドが去ったという意味では初めての生まれ変わりと言えます。メンバーもロバート・フリップ以外は総入れ替えです。今回はイエスで名をとどろかせていたドラムのビル・ブラフォードが念願かなって参加しました。また、もともとクリムゾン入りを希望していたファミリーのジョン・ウェットンも参加して、リズム・セクションが超強力になりました。加えて、バイオリンのデヴィッド・クロスに七色のパーカッションを操るジェイミー・ミューアという二人の色彩豊かな奏者が入ります。普通ならキーボードが入るところにこの二人が入ることで際立って特異なグループになりました。ついでに言えば、ピート・シンフィールドの代わりに白魔術の魔女ウォリ・エルムラークという謎の人物を抱えています。彼女はフリップの精神世界に大きな影響を与えた人だそうです。アルバムのコンセプトに魔女が与えた影響は大きそうです。なお、ジェイミー・ミューアという人は、フリー・ジャズの極北に位置するカンパニーでも演奏したことがあるアヴァンギャルドなミュージシャンです。前作までのキース・ティペットに相当する彼の役割もとても大きなものがあります。音楽の表情が大きく変わるクリムゾンですが、その長い歴史を見渡してみても、このアルバムのサウンドはとてもクリムゾンらしく思われます。キングクリムゾンのサウンドと言えば、この頃のサウンドを思い浮かべておけば間違いありません。さらに雑な言い方をすれば「戦慄、 宮殿、レッド」の三枚のアルバムを聞けば「クリムゾン知っている」と言って良いと思います。ま、ぶっちゃけ外せない三枚でしょう。発表当時、まだ26歳だったフリップにとっては、ようやく自身に最もフィットする居心地のよいサウンドを見つけたと言えるのではないでしょうか。前作まではプロローグであり、試行錯誤の時代でした。その時代にも音楽史に残る傑作をモノにしているわけですが。~続⤵️

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アレンジ・パートとアドリブ・パートのバランスは、よりアドリブ・パート重視に舵を切り、さらにサウンドは よりヘビーになってきまし た。 メロトロンやバイオリンも叙情的な表現に使われると言うよりも、ヘビー・サウンドに貢献しています。「土曜日の本」のようなロマンチックな曲もあるわけですが、やはり「太陽と戦慄パート 2 」に代表される本来の意味の重厚でヘビーなサウンドがこのアルバムの真骨頂です。アグレッシブなギターと重いリズムのクリムゾンを代表する名曲です。そして、圧倒的なのはジェイミー・ミューアの位相です。 彼のパーカッションが縦横無尽に活躍しており、 その音色も新鮮ですし、ラ イブで見る彼の演奏ぶりは鬼気迫って秀逸です。 クリムゾンを一歩先に進めた功績は大きいものがあります。邦題名はフリップには気に入らなかったようですが、リアルタイム世代には強い愛着のある名邦題です。アルバムのもたらす感情の起伏を見事に表現しています。太陽を見上げて戦慄する、その魂の震えがこのアルバムのもたらすものです。

Larks' Tongues In Aspic / King Crimson (1973 Island)

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カーズ 錯乱のドライブ (2012―3)

f:id:montana_sf16:20240323194437j:image💿️The Cars - YouTube

「錯乱のドライブ」などと大そうな邦題が付けられたカーズのデビュー作は1978年の発表です。この時代ですから、カーズはイギリスを中心としたニュー・ウェイブへのアメリカからの回答のような位置づけを与えられました。今思えばかなり違いますけれども。カーズはこのデビュー作を含めて、いったん解散するまでに発表した6枚のアルバムをすべてミリオン・セラーにしています。凄いことなのですが、どうも日本では根強いファンはいるものの、今一つぱっとしない感じがします。恐らくニュー・ウェイブ・バンドとされたせいでしょう。カーズは曲作りの大半を担うボーカルとギターのリック・オケイセックと、ボーカルとベースのベンジャミン・オールを中心に結成されたバンドです。二人はフォーク系からジャジー系などさまざまなバンドを共に過ごしてきて、ついにカーズに行き着きました。メンバーはリード・ギターのエリオット・イーストン、キーボード他さまざまな楽器を操るグレッグ・ホーク、ジョナサン・リッチマンのモダン・ラバーズに在籍していたドラムのデイヴィッド・ロビンソンを加えた5人組です。いずれもキャリアは長く、一癖も二癖もあるミュージシャンです。本作品は彼らが作ったデモ・テープの中から「燃える欲望」が一部のラジオDJに気に入られて、ちょっとしたヒットとなったことから、レコード会社からのオファーが殺到した結果として、エレクトラ・レコードと契約して制作されたデビュー作です。米国でのチャート最高位は18位どまりでしたが、2年半近くもチャートに居座るロング・セラーとなりました。~続⤵️

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 f:id:montana_sf16:20240323195441j:image🎦The Cars - Just What I Needed (Official Live Video) - YouTube

その結果、発売から10年以上たって米国だけで600万枚もの売り上げを記録しています。捨て曲なしのアルバムであることがロングセラーの秘訣らしいです。本作からは「燃える欲望」、「今夜は逃がさない」、「ベスト・フレンズ・ガール」、「グッド・タイムズ・ロール」の4曲がシングル・カットされ、いずれもそこそこのヒットを記録し、カーズを代表する楽曲として長らく親しまれることになりました。シングル・カットされていない曲もラジオでは頻繁にかかっていたそうで、たとえば地味な曲「ムービング・イン・ステレオ」でさえ、「初体験/リッジモンド・ハイ」の中の伝説のシーンに使われています。フィービー・ケイツは私たちの世代のアイドルでした。プロデューサーはロイ・トーマス・ベイカーです。エレクトラのチョイスらしいですが、この頃のベイカーと言えばクイーンでの大成功が記憶に新しい。本作でも自信満々の彼はバンドの顰蹙を買いながらも分厚いコーラスを取り入れたりしていて面白いです。彼らの曲の特徴は、ぶきぶきしたリズム・ギターと、わりと生な感じの音、聴きこむと複雑な構成なのに、とてもキャッチーでポップなメロディー、そんなところでしょうか。聴けば聴くほど味があります。今回、特に後半部、LPだとB面にあたる楽曲の素晴らしさを再発見しました。ジャケットに美女が配されています。このせいで美女ジャケの先輩ロキシー・ミュージックの影響を過大に評価する結果になってしまいました。ま、シンセ・ポップでもあり、ギター・ロックでもあるアメリカンなロックが基本のカーズとロキシーは随分違うと思いますけども。。🤔

The Cars / The Cars (1978 Elektra)

ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン (2014―1)

f:id:montana_sf16:20230429082422j:image f:id:montana_sf16:20230429082434j:image💿️Rufus & Chaka Khan - Rufus Featuring Chaka Khan (FULL ALBUM) - YouTube

チャカ・カーンは本名ではありません。「チャカ」はアフリカの言葉で「炎の戦士」ですし、カーンはチンギス・ハンのハンでもあるという勇壮な名前です。しかし、日本語的にはとても楽しそうに響くところが面白いです。この作品は、R&Bを代表する大歌手チャカ・カーンの初期の姿を垣間見ることができる一枚です。チャカ・カーンはもともとこのルーファスのボーカリストとしてスタートしました。1973年のデビューで、この作品が四枚目となります。前年にはグラミー賞で最優秀R&Bグループの栄冠に輝いており、乗りに乗っている時期の作品だと言えます。当時のメンバーはチャカを入れて5人。裏ジャケットにはど真ん中に大股開きで座っているチャカ・カーン、四隅に小さく残りのメンバーという扱いです。やがてチャカ・カーンは独立していくわけですけど、ルーファスの他のメンバーはなかなかどうしてしたたかな人たちでした。要するに実力派だったわけですね。たとえば、ベースのボビー・ワトソンはクインシー・ジョーンズの引きでマイケル・ジャクソンの「オフ・ザ・ウォール」にも参加しています。この作品を聴いている限りでは、チャカ・カーンのワン・マン・バンドということでは決してありません。インストゥルメンタルの楽曲も入っていて、バンドの実力もチャカの歌唱と拮抗している印象です。この時期、ディスコ全盛期直前のライトなファンク・スタイルはとても魅力的です。ゆるいグルーヴがたまりません。縦揺れというよりも横揺れ型とでもいうのでしょうか。~続⤵️

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f:id:montana_sf16:20240323114001j:image🎦The best funk Rufus & Chaka Khan Sweet Thing - YouTube
ミディアム・テンポでメローでありながら力強いというこの時期特有のサウンドです。どことなく洗練の度合いが足りない演奏なんですが、そこがまた、たまりません。タワー・オブ・パワーのホーン・セクションも参加していて、ファンク度を増しているのですが、そこがキレキレにならないところがいいんです。チャカ・カーンのボーカルは裏ジャケの写真やジャケットの分厚い唇のイメージとは裏腹に暑苦しくはありません。このアルバムの一曲「スウィート・シング」はメアリー・J・ブライジがカヴァーしていますけど、メアリーのクールなところに通じるものがあります。決してシャウトするだけではありません。林剛さんによるライナーの言葉を引用すると「ただ力任せに歌い叫ぶだけではなく、ジャジーに崩して歌えるところ」が素晴らしいです。まだまだチャカ・カーンが活躍するのはこれから先になりますが、この時点ですでに完成しています。ルーファスの70年代前半ファンクの気持ち良さに浸りながら、チャカ・カーンのボーカルを楽しむという贅沢が味わえる作品です。ちなみにこの作品はルーファス史上初のR&Bアルバム・チャート・トッパーとなり、長期間居座りました。大輪の花の咲始めという未来に向けた勢いを感じます。

Rufus featuring Chaka Khan / Rufus featuring Chaka Khan (1975 ABC)